プライベートなことでスランプになっていたらあっという間に時間が過ぎ去ってしまいました。
悩んでいたこと自体は随分前から考え続けていることです。
すなわち、「帰国後の進路をどうするか」です。
ずっと前から答えは用意しておいた・・・はずだった
プロフィールなんかにも大々的に書いているように(いや書いていないかw)、私にとって青年海外協力隊は自分のキャリア形成のうちのワンステップにしか過ぎません。任期終了後はイギリスの大学院に進学して修士号を取り、それから国際機関に挑戦するのだ!と協力隊の応募書類を書く前から決めていました。
いや、正確に言えば本気で国際開発でメシを食おうと決意して当時通っていた埼玉の某大学を中退し、当時お付き合いをしていた同じ学部の女の子に別れを告げた時から海外で修士号を取り国際機関に挑むことは考えていました。
(早くもその時から10年が経った。彼女は今元気にしているだろうか?幸せな家庭を築いているといいな。)
答えは用意しておいたのに今またブレてきている原因は何なのか?
その原因が見つかるまでに随分時間を要してしまいました。
(まぁ、もともと賢いわけじゃないからしょうがない。)
10年前と今とでは目の前に見えているものが異なる
10年前に「国際開発でメシを食おう!」と決意した時は当たり前ですが私はまだ学生でした。しかもちょこっとベトナムとカンボジアに行ったくらいで現場のことを解った気でいるような生意気な学生でした。
今、そんな私は国際開発の最前線にいます。
JICAの専門家の方の仕事を間近で見る機会に恵まれましたし、アメリカの大学院を出た同僚が国際機関と共同で行っているプロジェクトに参加したこともありました。
なんてことを書いてしまうと配属先の職員がすごく働いているかのようですが、そんなことはありません。配属先の同僚たちは基本的にパソコンにべったりで毎日FacebookやYoutubeを見るのに忙しそうです。
そんな様子を1年3か月も見続けてきて全く心変わりしないという人は稀ではないでしょうか。
正直言って、今の私の中には「ああ、こんなものなのかなあ・・・。」という気持ちが芽生えつつあります。
と同時に、「もっと自分を酷使してみたい。ガツガツ働いて稼ぎたい。」という思いがふつふつと湧いてきてもいます。
ややこしいことに、さらにそこにもう1つ、「でも、10年前にあんな啖呵を切ってまでして大学に入り直したのだから初志貫徹しないと。」という制約もあるわけで。
とはいえ、緩やかに流れる島の日常生活の中で「このままでは初志貫徹する前に自分は廃人になってしまう!」と焦るばかりです。
焦る理由はもう二つある
私は今年で33歳になります。2つの大学で学生生活を送ったため(最初の大学は中退)、一般的な人の2倍の時間がかかりました。おまけに、最初の大学に入る前に1年間の浪人も経験しています。
それから27歳にしてようやく社会に出るわけですが、入社した企業では廃棄物の分別支援という何ともツブシの効かない仕事を2年近くやらされました。(ビル等の工事現場で職人さん達がゴミを分別するのを手伝うだけの簡単なお仕事です。)おかげで廃棄物がどのようにリサイクルされるのかという流れは充分に理解できましたが、それだったら工場配属にしてくれた方がよっぽど得るものが多かったでしょうに。
会社勤めの後半では東北に営業所設立という形でガレキ処理事業の後方支援に携わりました。
この頃得たものは何でしょう・・・。
偉い人のおもてなし方でしょうか??
何にせよ、3年弱の会社員生活で得たものは恐ろしく少なかった。
(いや、あったかもしれないが汎用性がないがために退職したらあっという間に忘れてしまったというのが正しいかもしれない。)
要するに、私は33歳にもなるのに一般的な社会人が得ておくべきものをほとんど身につけていないのです。
(TOEICだけやたらとできますが、特に英語をペラペラ喋れるわけでもスラスラ書けるわけでもありません。他に取り柄はないですね。って書いていて悲しくなってきた・・・。)
それに拍車をかけるように私の周りでは友人たちが結婚して家庭を築いていきます。
まさにMr. Childrenの「花」の通りです。(桜井氏によると「ふと自分に迷うときは風を集めて空に放つ」そうですが、私の場合は自分に迷うくらいメンタルを病むと風邪をひきます。)
確かに私には私の価値観があって、それに基づいて2年間の青年海外協力隊に参加しました。
ただそれは言うまでもなく2年前の価値観なのです。(2年前の今頃は2次選考の結果待ちだったかな。)
今やそれは揺らいでいます。「価値観」などという人が生きていくうえで根幹に近い部分にある概念がぐらつくのは如何なものかとも思いますが、それほどの衝撃をこの1年3か月で受けたとも言い換えられます。
家庭を築きたい、人並みの生活を送りたい。
そんなことも考え始めています。
そしてそうなると、帰国後は進学などせずに仕事に就くのが最も合理的なのです。
いや、むしろ任期終了まで待つこともないでしょう。
「価値観が変わったので帰国して一般企業に就職します。」と言って任期短縮してしまえばいい話です。
まぁ、それで帰国したとして飽き性の私のことですから「やっぱり任期短縮なんてしなければ良かった」なんて言い出すのは簡単に予想できますが。
選択に必要なことは優先順位を立てることだ(←そうなの?)
実は協力隊参加以前にも同じようなことを愚痴ったことがありました。その際に友人がくれたアドバイスは「人生で何を優先するかを決めたほうがいい」ということでした。
その言葉を思い出し、ここ数日は優先順位について考えていたのですが・・・答えは出ませんでした(笑)。
かのブルーハーツがこんなことを歌っていました。
”あれも欲しい これも欲しい もっと欲しい もっともっと欲しい”
これの曲名って「夢」なんですよね。あれこれ欲しがることが「夢」だなんて、「夢」という単語すら口にするのも憚れる私にとってはなんて皮肉なんだろうかと思いますよ・・・。
ところで、カトリックにおいて強欲は七つの罪源のうちの1つと教えられていますが、あれこれ欲しがるのはそんなに悪いことですかね?欲望がなかったら人類はこんなに進歩しなかったでしょうに。
というわけで(え?)、あえて今後の人生の優先順位は決めません。
選択の際の基準があれば「欲しい」か「欲しくない」かの2つだけ。
「子どもかよ!!」と思われるでしょうが、つい先ほど書いたように私には年相応の男性が身につけているべき知識や感覚が欠如しているのです。
まずは目前の活動に全力を
「あれもこれも欲しい」の精神で行くならば、目前の活動で成果を上げることも求めるのが筋ってものでしょう。
ということで、残りの任期は高校でのエコクラブ活動に集中しようと思います。(他の細々としたことはオマケというスタンスで。)
・・・あれ?なんかこれってスランプになる前の姿勢と大して変わらないような・・・。
まぁいいか。
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